2011年3月31日木曜日

東日本大震災に思う:いつものように

どこかで撮った桜です

今日、茨城の地震と津波で被災した瓦礫の地に・・・《いつものように》桜が咲いた!というニュースをテレビで見ました。
また別の日には、被災地の三陸海岸とその先の島とを結ぶ連絡船の船長が、「今まで夜になると、北極星を頼りに操縦していたけれど、今も星は同じように空にある。だから震災後の今の自分も、《いつものように》北極星を頼りに操縦しているのだ。」と言っていた言葉が印象的でした。
被災地の方々に神さまの守りと祝福と、そして早い復興がありますように・・・

どうか平和の神ご自身が、いつ、どのような場合にも、あなたがたに平和を与えてくださるように。主 (天地創造の神)が あなたがた一同と共におられるように。                   聖書(テサロニケ人への手紙第二 3章:16 節)



2011年3月28日月曜日

東日本大震災に思う:天災・人災・天恵

太平洋上の台風(地球/母なる星: 小学館より)
この大震災を私たちは、どのように理解したらよいのでしょうか?
ある方は天罰だと言い、また物質主義に陥っている日本人への警告だ、という方もいます。

内村鑑三(Wikipediaより:日本人キリスト教思想家文学者伝道者聖書学者福音主義信仰と時事社会批判に基づく日本独自のいわゆる無教会主義を唱えた)は、88年前の関東大震災を体験した際、このように書き残しています。
私は、納得したところがあるので、お読み下さい。

「地震は地質学の原理に従い説明できるので、正義も道徳もありません。東京市民が勤勉で温厚で謙遜な聖人であっても、地震は起こるべくして起こるでしょう。
しかし、天災の出来事はこれに会う人によって、恩恵にも刑罰にもなるのです。そして、震災前の東京市は著しく堕落していたので、今回の出来事は天罰と感じる事もできるのです。」
「江戸時代から300年間掛かって築かれてきた文明が、一夜にして滅亡したのである。これは確かにカタストロフィー(激変)であり、これが善か悪かは未だ判明しないが、何れにしろ日本国の歴史に新紀元が開かれたのである。」

この時と比較し、今回の震災はさらに広汎で大被害です。このような地震・台風・火山噴火などの天災が絶えない日本で、私たちが生きていくことはたいへんな忍耐と知力を必要とします。と同時に、天地を造られた創造主に対する「謙虚さ」が(「天罰」を受けないためにも)、何よりも必要ではないか、と思わされるのです。
そうでなければ・・・私たちは「人災」を招き、「天からの恵み:天恵」を受けることができません。
欲張りすぎてはいなかったか、いたわりの心を失ってはいなかったか、忙しすぎてはいなかったか・・・
この風土に適した摂理ある生き方が、今、再び問われているのです。
私自身もこれまでの価値観や生活スタイルを変えていこうと思っています。

この災害はたいへん悲惨な状況ですが、私は、日本がこれを機会に生まれ変わり、今後「ゆるやかで謙遜な国」に発展していくことを期待したいものです。

「希望」。
この震災を乗り切って、これから日本は、素晴らしい国に変貌すると、私は信じています。
これは聖書にある預言ですが、私には今の日本と重なってイメージできるのです。(日本がエデンの園のようになる。何とすばらしい!)
そのとき人々は、『荒れ果てていたこの土地がエデンの園のようになった。荒れ果て破壊されて廃虚となった町々が、城壁のある人の住む町になった』と言う。                      旧約聖書:エゼキエル書 36章:35節 


東日本大震災に思う:タイ国スラムからの震災寄付金



日本のさまざまなNPO(特定非営利組織)は、これまで国際的に貧しいたくさんの地域を支援してきました。大震災の後、今度は逆に、たくさんの国々が、日本に支援を申し出てくれています。

その一例ですが、これまでタイでスラムの中の常設図書館の設置、移動図書館活動、本の配布、奨学金の支給を行ってきた団体から、このようなニュースが入りました。

■タイ最大のクロントイ・スラムの住民が街頭募金を行いました

3月20日。タイの首都バンコクにあるクロントイ・スラムで東日本大震災の被災者支援のための街頭募金が行われました。今回の震災で亡くなられた方々を追悼するため、僧侶たちの法要を行いました。その後住民たちがスラムの中を歩きながら募金の呼びかけをしました。経済的に困窮しているスラムの住民ですが、夕方になるまで続けられた募金活動により、323,600バーツ(約867,000円)が集まりました。

■クロントイ・スラムの住民の声

住民たちはこのスラムを訪れたことのある日本の支援者の方々を、ひいては支援団体を通して知った日本という国に住む人々を、心配しています。
そして「スラムが火災の時に助けてもらった」。
「今こそ、日本に対する恩返しの時」、「困った時は、国は関係ない」、「日本は遠くても近い親戚、兄弟」、「これまで日本人の支援で教育を受けられた。
今こそ恩返しをする時」とメッセージを寄せてくれました。





 東日本大震災に思う:現場力

宇宙からインサルタットでみる
東北間等大震災は、たいへんな災害を日本にもたらしました。
しかも、福島第一原子力発電所の故障を招き、未だにその収束が見えません。
「Fukushima 50(http://ja.wikipedia.org/wiki/Fukushima_50)」とむしろ海外から賞賛されている原発の修復技術者たちは、自ら志願した年齢の高い定年前後の方々が多いと言われています。

日本人の強みは「現場力」だ、とラジオで初めてその言葉を知りました。
確かに、私の経験でも、メーカーに勤めていた時「設計者(デザイナー)は、現場を知らなければならない!」「ラインオフ(新商品が最初の完成車として製造ラインから出荷されること)の時まで、工場の製造ラインにへばりついて、車が設計通りに出来上がるかチェックを怠るな!」とよく言われたものです。このように手塩に掛けて商品が造られていくのだから、日本製品の品質は優れているのだ、と思います。

福島第1原発は、1号機がアメリカ製、2号機は日米合作、3号機以降は日本メーカー製。これまで日本人がこの原発を管理運営してきたので、充分「現場力」が、発揮できるのではないでしょうか。
修復には困難が山積みですが、一歩一歩解決され、必ずや収束することを信じています。

    今年も杏の花が咲く




2011年3月20日日曜日

 日本のデザイン史から次代を読む

日本の工業デザインの歴史をデザイン評論家のK氏が分類してくださったので
私が写真を列挙しました.
過去に学び これから日本が歩み出すヒントを得たいものです.

    


    







 





 

     

 



 








  


日本のモノづくりの優秀性を継承し 世界に貢献する製品を生み出し続けてほしい. 

参考図書:精緻の構造 (社)日本インダストリアルデザイナー協会編、ニッポンプロダクト 美術出版社