2017年8月23日水曜日

ライフデザイン:脳トレ

ご存じの通り
今後も
日本の長寿化は進むことでしょう

将来
女性は90歳を超え
男性は85歳に迫ると予想されています




問題は
健康寿命
です

亡くなるまでの10〜13年をどう生きるか?
 まずは・・・
健康寿命を延ばすことではないでしょうか1





実は
私たち夫婦の結婚以来の
脳トレ・心トレは・・・

毎朝
聖書を夫婦一緒に読むこと。
そして
家族や親族のために
そして
友人のために
祈ることです。



それに加えて
最近はじめたことは・・・

パズル
ひらめき
トレーニング
です。






それでは
例題
あなたも取り組んでください







私の教えを忘れてはいけません。 
充実した人生
を送りたければ、
私の命令を忠実に守りなさい。

いつも正しい生活をし
人には親切にするのです。 
この二つが心から行なえるように、しっかり身につけなさい。
神にも人にも喜ばれ
物事を正しく判断できるようになりたければ
徹底的に神様に頼ることです。 
絶対に自分を頼ってはいけません。

何をするにも
神様を第一にしなさい。 
神様がどうすればよいか教えてくださり
それを成功させてくださいます。
思い上がって、
自分の知恵をあてにしたりしてはいけません。

むしろ
神様をたいせつにし信頼することで
悪の道から離れなさい。 
心も体もみずみずしく元気いっぱいになります。

収入があったら
まずその一部をささげて、神様をあがめなさい。 
そうすれば
倉には食べ物があふれ、酒蔵は極上の酒でいっぱいになります。

箴言 3:1-210
(リビングバイブルより)



2017年8月14日月曜日

ライフデザイン:数字の奇跡



スーパーマーケットで
買い物をして
 JUST
¥10、000

人生にそうあることでは無いですね!









聖書には
数字に関する奇跡や不思議がたくさんあります。
今回は7の例

Ⅱ列王記に出てくるナアマン将軍の癒やし
彼はツァラアト(重い皮膚病)に冒されていました。
預言者に
「ヨルダン川へ行ってたびあなたの身を洗いなさい。」
と言われた話しです。

それは簡単な事だったのですが・・・






アラムの王の将軍ナアマンは、その主君に重んじられ、尊敬されていた。
【主】がかつて彼によってアラムに勝利を得させられたからである。
この人は勇士で、ツァラアトに冒されていた。
アラムはかつて略奪に出たとき、
イスラエルの地から、ひとりの若い娘を捕らえて来ていた。
彼女はナアマンの妻に仕えていたが、その女主人に言った。

「もし、ご主人さまがサマリヤにいる預言者のところに行かれたら、
きっと、
あの方がご主人さまのツァラアトを直してくださるでしょうに。」

それで、
ナアマンはその主君のところに行き、
イスラエルの地から来た娘がこれこれのことを言いました、と告げた。
アラムの王は言った。
「行って来なさい。私がイスラエルの王にあてて手紙を送ろう。」
そこで、ナアマンは銀十タラントと、金六千シェケルと、晴れ着十着とを持って出かけた。

彼はイスラエルの王あての次のような手紙を持って行った。
「さて、この手紙があなたに届きましたら、
実は家臣ナアマンをあなたのところに送りましたので、
彼のツァラアトを直してくださいますように。」
イスラエルの王はこの手紙を読むと、自分の服を引き裂いて言った。
「私は殺したり、生かしたりすることのできる神であろうか。
この人はこの男を送って、ツァラアトを直せと言う。
しかし、考えてみなさい。彼は私に言いがかりをつけようとしているのだ。」

神の人エリシャは、
イスラエルの王が服を引き裂いたことを聞くと、王のもとに人をやって言った。
「あなたはどうして服を引き裂いたりなさるのですか。
彼を私のところによこしてください。
そうすれば、彼はイスラエルに預言者がいることを知るでしょう。」

こうして、
ナアマンは馬と戦車をもって来て、エリシャの家の入口に立った。
エリシャは、彼に使いをやって、言った。
「ヨルダン川へ行って七たびあなたの身を洗いなさい。
そうすれば、あなたのからだが元どおりになってきよくなります。」

しかしナアマンは怒って去り、そして言った。
「何ということだ。
私は彼がきっと出て来て、立ち、彼の神、【主】の名を呼んで、
この患部の上で彼の手を動かし、
このツァラアトに冒された者を直してくれると思っていたのに。
ダマスコの川、アマナやパルパルは、イスラエルのすべての川にまさっているではないか。
これらの川で洗って、私がきよくなれないのだろうか。」
こうして、彼は怒って帰途についた。

そのとき、
彼のしもべたちが近づいて彼に言った。
「わが父よ。
あの預言者が、
もしも、むずかしいことをあなたに命じたとしたら、
あなたはきっとそれをなさったのではありませんか。
ただ、彼はあなたに『身を洗って、きよくなりなさい』と言っただけではありませんか。」
そこで、
ナアマンは下って行き、神の人の言ったとおりに、ヨルダン川に七たび身を浸した。
すると彼のからだは元どおりになって、幼子のからだのようになり、きよくなった。

2列王記 5:1〜14



それにしても・・・
ナアマンは恵まれた人だと思う。
王様や妻そしてしもべ
ナアマンを愛する人々が周りにいたのです。
ナアマンは主君に重んじられ尊敬されていた人物だとあるので
人格者であったのでしょう。
しかし
その彼は高慢でもあったのです。
ヨルダン川に7回身をさらすことができなかったのです。
簡単過ぎたのでナアマンにバカにされたと思ったのでしょう。
とはいえ、
しもべのアドバイスに心を改めるあたり
さすが!
ナアマンですね。







もうひとつ
「7」
の意味がヨブ記にありました。


神は、助けを必要としている者たちを、
彼らの手から救われる。
こうして、
助けを必要としている者は望みを持ち、
不正はその牙を折られてしまう。
ああ、なんと幸いなことだろう、神に戒められる人。
だから、
全能者の懲らしめを軽んじてはならない。
神は傷つけても、
それを包み、切り裂いても、それをいやしてくださる。
神は六つの苦しみからあなたを救い、
つ目の災は、
あなたに触れることがない。


ヨブ記 5:1519


神様は
7度目の患難から
信じる者を助けて下さるのです。







聖書に出てくる数字は
基本的には文字通りの意味です。
マジックはありません。
しかし象徴的な用いられることがあります。

「7」
の場合です。
「完全性」
を象徴していると言われます。


エリコの城門はイスラエル人を恐れて、堅く閉ざされており、
だれ一人として出入りする者はなかった。
その時、主はヨシュアに仰せられた。
「わたしは、エリコの町とそこの住民たちを、すべてあなたがたの手に渡す。
あなたがた戦いに出る者たちは、
六日の間、毎日一回、町の周囲を回りなさい。
人の祭司が雄羊の角のラッパを持って、
まず十戒の箱に先立ち、毎日町の周囲を回り、
日目には、
回町を回ってから、
祭司たちは一斉にラッパを吹き鳴らしなさい。
祭司たちがラッパを一きわ長く吹き鳴らしたら、
皆一斉に大声でときの声を上げる。
そうすれば、町の城壁は崩れ落ちてしまうから、町に攻め込みなさい。」
(中略)
このようにして、六日間同じことを繰り返した。
日目には、
夜明けと共に起き出し、同じように町を回回った。
回回ったのは、この日だけであった。
回回った後、
祭司たちが一きわ長くラッパを吹き鳴らすと、
ヨシュアは民に命じた。
「ときの声を上げよ。主は、この町を私たちに下さった。
(中略)
祭司たちが一きわ長くラッパを吹き鳴らすと、
民はあらん限りの大声を上げて叫んだ。
すると、
城壁が崩れ落ちたので、町になだれ込み、攻め取った。
ヨシュア記 6:120






最後に
イエス様の言葉を二つ。



その時、
ペテロがみもとに来て言った。
「主イエス様。
だれかが私に対してひどいことをした時、
何度まで私は赦さなければならないでしょうか。
度も赦せば十分でしょうか。」
イエスは彼に言われた。
「わたしは、度までなどとは言いません。
何度でも赦してあげなさい。
マタイ 18:21〜22 


 イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。
「かわいそうに、
この群衆はもう三日間もわたしと一緒にいて、
何も食べ物を持っていません。
この人たちを、このまま帰したら、
おなかがすいて、途中で動けなくなるでしょう。
ですから、わたしはそうしたくありません。」
すると、弟子たちはイエスに言った。
「ここはへんぴな所ですから、こんなに多くの人たちを満腹させるほど、
沢山のパンを手に入れることはできません。」
イエスは彼らに言われた。
「今ここには、どれくらいのパンがありますか。」
彼らは、
つです。それに、わずかの小さな魚があります」と答えた。
すると、イエスは群衆に向って、
「そこで、食事ができるように用意していなさい」と命じられ、
つのパンと魚を取り、感謝して裂かれ、
弟子たちに与えられた。
すると、弟子たちはそれを群衆に配った。
みんなの者が食べて満腹した。
余ったパンくずを拾うと、つのかごが一杯になった。

食べた者たちは、女と子供を除いて、男だけで約四千人であった。
マタイ 15:32〜38







2017年8月13日日曜日

ライフデザイン:希望を持とう

   






すべて生きている者に連なっている者には希望がある。
生きている犬は死んだ獅子にまさるからである。 
伝道者の書 9:4 




患難が忍耐を生み出し、
忍耐が練られた品性を生み出し、
練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
この希望は失望に終わることがありません。
なぜなら、
私たちに与えられた聖霊によって、
神の愛が私たちの心に注がれているからです。
ローマ 5:3〜5




キリストは確かに死人の中から復活され、
キリストを信じる者たちも、
やがて復活するという大きな希望を与えられた。
1コリント 15:20 







ライフデザイン:感謝を忘れない









ハレルヤ。
主(神)に感謝せよ。
主はまことにいつくしみ深い。
その恵みはとこしえまで。
詩篇 106:1 




何も思い煩わないで、
あらゆる場合に、
感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

そうすれば、
人のすべての考えにまさる神の平安が、
あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。
ピリピ 4:6〜7




すべての事について、感謝しなさい。
これが、
キリスト・イエスにあって
神があなたがたに望んでおられることです。
1テサロニケ 5:18 





神が造られた物はみな良い物で、
感謝して受けるとき、
捨てるべき物は何一つありません。
1テモテ 4:4 









2017年8月10日木曜日

ライフデザイン:暑中お見舞い

今年も暑いになりました!
でも雨が多かったり
天候不順ですね!

暑中見舞いを下さった方々、ありがとうございました。









ライフデザイン:悩む私たち

JTJ宣教神学校
の講師であり
友愛グループの代表である
兼松一二先生が
これまで教会を後輩の牧師に譲り
開拓伝道を開始されました。

新しい教会は
江南キリスト教会


建設中の教会

献堂式


兼松先生が
週報
を送って下さいましたので
ご紹介します。





  悩む私たち
                              牧師  兼松 一二

 私たちは生きている間、悩み、悩まされる者です。
小さい時には、小さいものにとっての悩みがあります。
青年の時には、青年の時代の悩みがあります。
壮年の時には、壮年の時代の悩みがあります。
自分のことでの悩みもあれば、
家族のことでの悩みもあります。
心の痛みで悩む人もいますが、身体の病と痛みで苦しみ
悩む場合もあります。
ある期間、病と痛みで苦しみ悩む場合は、
その経験を糧にすることも考えられますが、
生きる限り痛み苦しむことは、耐えがたいものですね。

 私は七十才前半ですが、これまでの十四年間、妻が
痛み苦しむ重い病にかかっています。
回復できない状況にあり、
妻の痛み苦しむ傍にいて、
私も耐え難いものがあります。
妻は痛みと苦しみで自分の身の置き所がないほどで、
私も狂ってしまいそうです。

 そのような中での確かな友=イエスキリストは有難いものです。
途方もないほど悩みの中にあっても、
私にとっても、
今、
この文を読んで下さっているあなたにも、
希望はあります。

  「救を施す力あるわたし(イエスキリスト)、それがわたしだ」
              イザヤ書631

これは、主なる神イエスさまの御ことばです。
主は耐えられない程の痛みと苦しみを、
私たちの罪の責任を取るために通られました。
それが十字架の出来事です。
 しかし主は死んで後、甦られました。
救いは「助け」から「護り」、
「償い切れないことからの赦し」を施していただけることです。

 諦めず、主に祈り求めましょう。





献堂式に出席した友愛グループの先生の感想です

 6月4日、兼松先生が開拓1年で、
無謀だと反対されながらも新しい教会堂を建てられた。
先生の堅い信念の結果。
もとは食堂で、食堂として使うように現状維持された物を
外観も内観も完全リフォーム。
すべての壁は真っ白になり、清潔感にあふれたまぎれもない教会堂。
兼松先生のセンスの良さに感動。 
 東京からJTJの生徒が
多く駆けつけたのも兼松先生の人徳のなせるわざ。
献堂式後にはおいしい茶菓のもてなしがあり、
50人位の人達がまるで家族のような心温まる交わり。 

 献堂説教で
「なぜここに教会を建てたか。
それは近隣の人達に教会に集まって欲しいという思い」
という兼松先生の思いがすでに実現をしたかのような、
希望に溢れた新しい教会の出発の時でした。






私の魂は、ただ神の中に安らぎを得る。
私の救いは神から来る。
神だけが、
私の岩、
私の救い、
私のとりで。
私は揺らぐことがない。
詩篇 62:1〜2


イエス キリスト
を知ろう!
その救いと助けと恵みを
自分のものとしましょう!